2012年10月1日

職人の世界を垣間見る ~いろはの「い」技術編(1)~

・当店の職人は宝飾職人ではなく、錺(かざり)職人

・技術は形はなくとも「道具」と同じで、使いこなすのにも時間がかかる

・技術によって銀が変色しなくなるなど性質が変わることもある


こんにちは、Web担当の方の斎藤です。
今回は、技術や加工の方に少し目を向け、「手作りとキャストの違いについて」
それに関連して、プロとお客様を問わず、貴金属を扱う方なら知っておいてほしい
基本的な大事なことをありがちなトラブルなどと絡めながらご紹介したいと思います。

が、今回は、その前提となる「技術全般」として、
加工技術って「どんなことができるのか」少しご紹介したいと思います。

職人の加工技術とはどんなものか

日本は宝石の産出国としては海外には遠く及びません。
ですが、日本は技術立国ということを考えても、あらゆる種類において、
とても腕のいい職人がいる国であることは間違いないと思います。

こと、その仕事の正確さ、精密さ、丈夫さ、
その信頼度は言うまでもなく誇っていいと思うのです。
個人的には、技術で日本の右に出る国はないと思っております。

が、なかなかどうして、後継者に恵まれないまま、
人知れず消えてしまう職人の技術というのも中にはあるようです。
実にもったいないです。

当店の店主も、店主でありながら職人と呼ばれる人の一人ですが、
一般に言う宝飾職人ではなく、
そんな今日ではあまり聞かれなくなった(かざり)職人」と言う職人です。
錺職/飾り職・錺師/飾り師ともいいます。

錺職人とは、簡単に言えば「金属加工の総合技術職」、でしょうか。
あらゆる金属加工の職人さんを一人で何役もこなしている、
と言えば分りやすいかもしれません。

宝飾職人や彫金職人などの職人とは、
この「錺職人」の技術の一つを受け継いで独立していった人たちなのです。
つまり金属加工技術の総本山、親元ってことですね。
なので、錺職人にとって金属は粘土も同じってことです。

加工できない形はないし、加工できない金属もないのです。

作れと言われれば、その通りのものを金属で作る。
それが「錺職人」なのです。

昔はかんざし、指輪に限らず、煙管や鎖、家や輿の装飾、
はてはお金(硬貨)など様々なものを作っていたようです。
今でも、昔の職人が作った鋳型など、現代にいたるまでずっと使われているものもあります。

当店の店主も錺職人として、あらゆるものを作るだけの技術をもっています。
たまたま宝石が好きだったので、宝飾にその「錺職人の(わざ)」を使っているにすぎません。


そんな錺職人の技術の一つを例として挙げるなら、
金属の板をごく薄く、金槌だけで0.0何ミリという「紙以下の薄さまで叩いて伸ばせます

こちら左の画像は、
普通のA4コピー紙の厚みをノギスで測ったもの。(A4:0.07mm)

右の画像は、一般のティッシュ1枚(二重になっているもの)をノギスで測ったものです。
ちょっとブレてますが。
(ティッシュ:0.04mm)









 

そしてこちらの画像が、叩いて伸ばした金属(銀)の厚みを
 ノギスで測ったものです。(銀:0.02mm)












まあ、これだけ見せられても、
実際は一般の方からすれば「ふーん?それってすごいの?」とか、
あるいは「職人って言うなら、それぐらい当然なんじゃないの?」と思われるかもしれません。

残念なことに、なかなか一般の方にはわかってもらえないことなんですが、
これって実はすごいことなんだそうですよ?

悲しいかな、いつだって技術はその道の技術屋同士でしか、
すごさが分かち合えないもののようで、
かく言う私も、どちらかと言うと、加工技術に関しては一般人と同じ感覚ですので、
この金属板を見せられても「ふーん?すごく薄いね」で終わってしまいます…。

ですが、この「紙より薄い金属の板を作れる」という技術が、一般の方にもわかりやすく
どのような作品につながるかというと、



どうでしょう、このように金属で折り紙もできてしまうんですよ。
こちらの作品は、店主の弟子が文字通り、「金槌一本で」仕上げました。
素材は純銀で、上の破片は先ほどのノギスで測っていた銀板です。
彼女はこだわり派なので、折り方は展開図から作って、完全に紙の物と同じだそうです。
裏から見てもしっかり折れてるでしょう?

ちなみにティッシュと同じ厚さの銀(0.03㎜~0.04㎜)ですと、
折っている最中でぱっきり折れてしまうそうです。
たった0.01㎜の厚みで、できるかできないかが変わってしまうんですね。

つまりこれは、紙の厚み以下の、均等に0.02㎜の厚さの銀板を作るという、
正確で精密な「技術」がなければ生まれなかった作品、ということです。

でも彼女がこの、「紙より薄い金属の板を作る」という技術を修得する頃には、6年を経ていました。
職人にとっては、後に続く弟子がいてくれるだけでも実に僥倖といえますが、
やはり受け継ぐとなると、技術一つとっても、一朝一夕にはいかないということなんですね。


そして、これは作ってから分かったことなんですが、この銀の折り鶴
やはり珍しがって、いろんなお客様が手に取って見てくださいます。
が、一向に黒ずんだりしないのです。

かれこれ作成してから、もう何ヶ月も経ちますが、触ってもそのまま。
磨きもしないで放置しておいても、いまだに美しくぴかぴかと輝いております。
店主が言うには「おそらく叩いて伸ばすという行程によって、
銀の分子構造が変わったからだろう」とのことですが。
この辺は「メカニズムを調べてやろう!」という奇特な学者さんがいらっしゃれば、
ぜひお願いしたいですねー。
実に不思議なことです。

まあ、銀はちょっとお手入れが面倒な素材ですが、
作り方によってはこのように美しさを永遠、かどうかはわかりませんが、
長持ちさせることもできるというわけです。



もうひとつ、錺職人の技術の一例を挙げてみます。
今度は「やすり一本」で何ができるのか。

手作りでの指輪のざっくりした作り方を説明すると、
まず角棒をあらかじめ作っておき、
その角棒からやすりを使って角を削ってすりあげることで、
円になるように仕上げていく、という感じです。
四角形から角を均等に削り落とせば次は八角形になりますよね。
そうやって段々と多角形に近くなるようにする、そんなイメージです。

そのようにして指輪を作るだけなら弟子でもできますが、
店主はやはり錺職人であり、また師として一味違うようです。

こちらの画像をご覧ください。



こちらの指輪は店主が作ったサンプル品ですが、
赤い印がつけてあるのがお分かりになるでしょうか?
そこを起点に90度ずつ指輪をずらして、4点でそれぞれ指輪の幅を測ったものです。

どうでしょう?一点を除いてぴったり同じ幅なのが分かりますでしょうか?
この時点では一か所だけ誤差がありましたが、後程修正も可能らしいので、
実質どこをとっても「全く誤差がない」指輪が出来上がる、ということです。

これが意味するところは、つまり、
全く歪みのない「バランスのとれた指輪」を作ることができるということ。
ひいては、店主は指先で寸分の狂いなく0.01㎜の世界での微調整が可能だということなんです。

ちなみにこちらの指輪に限らず、
当店の指輪は、10円玉を立てるのと同じ要領で「自立」が可能です。
仮に石がついている指輪であっても、店主が作るものはすべて自立します。

なぜなら0.01㎜の微調整を駆使して、完璧なバランスの指輪に仕上げるからです。
もしお手持ちに指輪があれば自立するかどうかお試しになってください。
どうですか?自立しましたか?

まあ正直、一般人の感覚だと「指輪って立つもんじゃないの?」と思うか、
「指輪が立つってどういうこと?何か意味あるの?」と、さっぱりよく分からないかもしれません。
私も指輪は立つのが当たり前すぎて、すごいことなのかどうかも分かりませんでした。

簡単に言えば、この「自立する=バランスがいい」という意味は、
重さもバランスも均等なので、まず第一に指にはめても「くるくる回らない」、
そして、「均等に丈夫」であるということです。

気に入っているものほど毎日身に着けるものですが、
毎日つけるということは、それだけ壊れるリスクにさらされるということです。

気に入っているものほど身に着けたい、でも壊れてしまうかもしれないというそんなジレンマや、
愛着のあったものが壊れてしまった瞬間のあのショックな気持ち、よくわかります。

ですが、気に入っているものを壊したくなくて、箱に仕舞い込んでいたのでは元も子もありません。

よくちょっとした拍子にぶつけたりして指輪がゆがむという話を聞きますが、
それは、もとの指輪がもともと微妙に歪んでいるからなんです。

ノギスで測らないとわからないような、ごくごく微妙な歪みではありますが、

歪んでいるということは、つまり、指輪に薄い部分と厚い部分があるということなので、
運悪くその薄い部分に負荷がかかれば、金属と言えど指輪は意外と脆いのです。

対して均等であれば、そのような弱点(薄い部分)がないわけですから、
歪んだ均等でない指輪より、歪んでいない均等な指輪の方が壊れにくいことになりますね。

つまり、毎日安心して、気に入ったものを身に着けられるというわけです。
もちろん均等なだけが丈夫さのすべての秘密ではないのですが、
何にせよ壊れる心配をしなくていいのは嬉しいですね!

ちなみに弟子は0.05㎜の誤差まで微調整できるようになったので、
彼女の指輪もほぼ均等で自立もするそうです。



このように金槌一本、やすり一本、用途の違う道具一つにしても、
それぞれにおいて、ごくごく繊細かつ正確で精密な仕事ができるという
一つ一つの確かな技術があるからこそ、
さらに技術を組み合わせるとできることは飛躍的に広がります。

1+1は単純に2ではないのです。

それこそ、その「技術」の持ち主の使い方次第。
技術は形は見えないけれど、まさしく「道具」と同じなのです。

そして技術を組み合わせた結果、どのような作品につながるかという一例を、
紹介したいのですが。
ちょっと記事が長くなり過ぎるようなので、ここでいったん切らせてください。


本記事のまとめ

錺職人は金属加工の総合技術職です。
それゆえ、逆を言えば、
「金属ならばどんな加工もできなければならない」のが錺職人です。

どの世界にも職人と呼ばれる人はいますが、
それは何世代にもわたって受け継がれ、磨き抜かれた「技術」を
その人が努力の末に修得したから成せるものがあるということ。

つまり、「職人だから」できるのではなく、
「その技術を使いこなせるようになったその人」だからできることであって、
その結果が「職人」と呼ばれるようになったにすぎません。

もし、あなたが職人と呼ばれる人に出会った時は、
「職人だから」と一括りにしてしまうのではなく、
ぜひ、その人が「職人」と呼ばれるに至った「技術」の一つ一つを
じっくりご覧になってください。


つづく。
(続きなので次はそんなにお待たせしない、はず。…たぶん)

3 件のコメント :

  1. 初めまして。質問させて下さい。
    粒金技術は錺職人と言われる方々が扱われる技術なのでしょうか?

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    1. ご質問頂いた粒金技術についてですが、
      結論から申し上げますと「錺職人とは関係ない技術だと思います。」
      少なくとも当店の職人の斎藤は、覚えがない技術とのこと。

      詳しく語ると長くなりますので簡単になりますが、
      錺職人の扱う技術は、日本人が自らの生活必需品を作るための
      「ものづくり」の技術がベースになりますので、
      基本的に「金属を溶かし」て、
      「叩いて」「伸ばした」板状(角棒など)からスタートします。
      そこから主に、やすりで「削ったり」「ロウ付け」などの工程になりますので、粒金技術のように金属をわざわざ「粒にする」というような、
      装飾的な過程がまず存在しません。

      どちらかと言えば、そのような装飾的な技術は
      日本文化に根差したものと言うよりは、彫金とか型金などの、
      おそらく西洋文化由来の技術ではないでしょうか?とのことです。

      粒金技術をご存じなのなら、
      匿名さんはもしかして技術畑の方なんでしょうか?(ドキドキ)

      当ブログの内容で、
      錺職人の技術に関心を持ってくださったのであれば
      とても嬉しいことです。
      ありがとうございました。

      削除
  2. 解りやすい回答をありがとうございました。
    これらの世界とは無縁でして、趣味について調べるうちにこちらにたどり着いた次第です。粒金技術についても最近になって知ったものです。よく知りもせず金属つながりと言うだけで単純に結びつけてしまい失礼致しました。

    錺職人様がなされることが生活に密着したものであるという点にとてもひかれました。この先の更新が楽しみになりました。また立ち寄らせて下さいませ。

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